知りたいたまごは男女の権利について考える
さて、哲学に興味を持ったはいいが、調べても理解できない苦しみのなかにいます。笑
あたま良くなりたい、、、
今日は昔から疑問に思っていたことについて。
それは「男女平等」という言葉についてです。
一般的に叫ばれている「男女平等」とは、「性別によって差別されることがあってはならない」ということである、と理解しています。
(そもそもそれがあっているのか?)
そのような文脈のうえでの男女平等は理解できるし、そうであるべきだと思います。
ただ、私は「人間とは動物でもある」と思っているので、その観点からいうと、男女というのははっきりと別の生き物だと思うのです。
男性は生まれつき卵子を持ってはいないし、胎盤もありません。絶対に子どもを産むことはできません。
反対に女性は子どもを産むことができますが、世界一足の速い女性でも、世界一足の速い男性には絶対に勝つことはできません。
だから、全く同じ仕事を同じ能力で出来ていてもいざ出産となると、物理的に女性は最低でも数日間は働くことができません。
今でも、産休や育休を取っても男性と同じようなキャリアを積むことができることできる女性は少ないと聞きます。
これは不平等なのか?というのが私の疑問です。
そもそも生物としての大きな違いがあるのに、それを無視して平等を訴えるから歪みがでてくるような気がします。
こういった話しでよく取り上げられるのが「女性専用車両」です。
私個人としては、男性が女性に対して行う痴漢や暴行は、生物的に圧倒的に女性は男性より力が弱く、身体が小さいという違いから発生するものなのかなと考えています。
(自分より力が弱い人に攻撃する奴は何よりもカッコ悪いし最低ですよ)
そうであるならば、女性は男性の脅威から保護されて当然だと思います。
それが、「基本的人権を守ること」につながるのではないのでしょうか?
!
法の下に平等であることと、社会で平等であることは必ずしも一緒ではないのでは?
不定期に一定の期間休職する人と、休職せずに働き続ける人がいたら、さぁ何か新しいことを始めようという時にいつ休むか分からない人にそれを任すことは会社にとっては大きなリスクのような気がします。
例えば、育休や産休を取ることで休職前より賃金が下がったり、休職を見越してそもそも女性の賃金が低かったり大事な仕事を任されなかったりするのは差別だとは思うんですが。
そもそも、原始時代から人類は性別によって社会での役割を分けてきた生き物です。
男性は外に出て仲間と一緒に狩りを行い、女性は家で子育てをし衣食住の環境を整えてきました。
それが種が生き続ける為に理にかなっていたからです。
恐らくそこに差別という考えはなかったでしょうし、そうして人は生きてきたんだと思います。
力が弱い女性が、一方的に男性の喰い物にされることは絶対にあってはなりません。それこそ命の重さは平等だからです。
命の重さを平等に保つための区別は差別ではないと思います。
私も実はずっと女性が優遇されることについて疑問があり、所謂女性たたきみたいな考えだったんですが、巷に溢れる女性が女性という理由だけで遭遇してしまう卑劣な犯罪を目の当たりにした時に、その考えを改めない訳にはいきませんでした。
だからといって男性を敵視するわけではありません。何と言ってもこんなのは全部「人による」んです。
女性は守られるべきというのを笠にきている、ど厚かましい女性だってたくさんいますから。
ただ、芸能人による未成年淫行などの事件が起こった時に、被害者にも非があると思っている人があまりにも多く、日本において女性の人権はまだまだ回復しているとは言い難いんだなと感じています。
だからこそ、一旦「女性は様々な脅威から男性よりも守られることが人権の平等だ」という考えが浸透すればいいのになぁと思います。
最初と言ってること違うやん?
と思うでしょう?
私もそう思ってる!笑
思いつくままにたらたらと。がテーマです。笑